読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

国やぶれて田中あり

田中兄弟社の兄です

田中nized DNA

 ソノレフェジオ周波数とは、なんであったでしょうか。

 身体にいい、ですとか、DNAを修復する、ですとか、いろいろなことがいわれており、私の周囲でも話題になりました。
 その反応はさまざまでした。
 オカルトだと頭ごなしにきめつけるひともいれば、本格的に研究しようと意気込んでおられる方もいらっしゃる。

 私もDNAを修復したい。

 そうおもいたち、ユーチューブでソノレフェジオ周波数を検索しました。
 どうもおきぬけに2分くらいでつくった環境音楽みたいなのが延々かかっている動画がおおいのですが、おそらくはこのなかにソノレフェジオ周波数を成分としてふくむ音をもちいているということなのでしょう。
 環境音楽は健康が増進する前にねむくなってしまうので、ソノレフェジオ周波数をおおく用いていればジャンル的になんでもいいのであれば、個人的にはルーツダブっぽいのとかにしてほしいのですが、なにかそうもいかないソノレフェジオサイドの事情があるのかもしれません。
   ユーチューブの低音質ではたしてDNAが修復されるのだろうか、やはりSACDクオリティのハイレゾでない意味がなかったりするのだろうか、と心配になりましたが、コメントをみているかぎり非常に顕著な効果があるようです。DNAがユーチューブ画質なのかもしれません。
 ある動画のコメント欄には「おじいちゃんが墓から蘇りました。ありがとうございます」「さすがにDNA修復されすぎだわ」なるやりとりすらみられました。
 もはや私のしっているDNAではない気もしますが、とにかく劇的なアンチエイジング効果はあるようで、期待がたかまります。

 様々な動画をわたりあるいてどんどんDNAを修復していくうちに、もうひとつ気になることがでてきました。
 ソノレフェジオ周波数はというのは、やはりソノレフェジオ音圧で聴かなければいけないのではないでしょうか。
 528kHzの音を528dB SPLで聴かなければいけない、となれば、これは一大事です。もはや音というようなものではないし、地球がおかしなことになっている。

 とはいえ、これにある程度でかい音が必要、という話になってくれば、またあらたなシーンがうまれるのではないでしょうか。
 アリーナをかりきって存分にDNAを修復するソノレフェスというようなものも催せる。

 ソノレフェジオ周波数という概念のむこうに低品質な楽曲の量産ということしかないとすれば、これはやはり音楽的には空虚であるようにおもわれます。たとえDNAが修復されたとしてもです。
 たとえば無響室でソノレフェジオ周波数の純音のみを聴くですとか、なにかある程度音楽表現に強度をあたえそうなストイシズムがあると音楽側の人間としてはたのしいですね。

www.youtube.com

 健康にわるそうな音楽をきけ。

広告を非表示にする

お売りください ハード田中 ハード田中

 とうとうギターをひくなという下知がくるまでにいたりました。
 これは、家でギターを弾いていると飲み会に無限に遅刻するからです。
 結局、財布をわすれて遅刻しました。

www.youtube.com

 フェイクニュースより普通のニュースのほうが驚異的な世の中に、うったえたいことなどなにもありません。
 とおくのしらない人々が私の生にかかわっていること、かれらの直面する種々の問題があることは理屈としてはしっています。
 ですが、それにかんしてしたり顔でインターネットになにかをかきこむ心境にはとてもなれません。
 死ぬひとは死の淵にあり、くるしむひとは苦患とともにあり、私がそれにたいしてこういうふざけた場所でできることはなにひとつありません。
 クリックですくえる命があったとしてもです。

 とにかく私はめぐまれています。十分すぎるくらいです。
 弦とピック、エフェクターとアンプ、友達と酒、ユーチューブとはてなブログ有村架純と松本穂香があります。
 世間は不穏な動きばかりで、私もいつくたばるかわかりませんが、それまでこんな感じでやっていければそれでいいのです。

 ただひとつだけ、この腐敗した世界にひとつだけいいたいことがあります。やはり、自分の視界のなかには、やり場のないいかりの種はどうしてもありえます。
 ユーチューブのコメント欄で管を巻くな。おろかものども。
 金かけてわざわざつくったMVをタダでみせてもらっておいて、指先ひとつの言霊でなにをえらそうにのたまうのだ。せっかくみんなきもちよく音楽をたのしんでおるというのに。
 ああいうことをするくだらない大人にならないよう、学校できちんと躾なければいけない。

 感謝、感謝のきもちをわすれてはいけません。
 人生はまぼろし、命は奇跡です。すべての出会いには意味があります。かるとおもうけど、もうかくことなって適当になってきてるよ。

 あーあー、世の中にうったえたいことあったあった、もいっこあった。
 いらない楽器があったらください。

 弦楽器一般に興味があります。特にギターはうれしいです。エフェクターとか場所とらないしとりあえずください。
 鍵盤はひけませんが、シンセサイザーは大好物です。エレピもWurlitzerとかそろそろ実機ほしいんですよね。どこに置こうかな。
 ちょっとしたパーカッションもたのしいものです。ドラムは弟に横流しします。
 管はちょっと中古は生理的に無理なので自分では演奏しませんが、換金しますのでいちおうもらっておきます。

 ある世代の人間、具体的には30代前半の男性は所帯をもったりして演奏活動をする時間なり場所なりの余裕がなくなり、楽器の処分を考えはじめていることがおおいのでねらいめだという話を小耳にはさみました。
 ふだんはまったく用がない30代前半の既婚男性のみなさん。つどえ熱き漢たちよ。いまこそそのとき。

 タダより高いものはない。
 しかし、タダより安くものを買ったこともやはりない。

ピカ田中、キミにきめた!

 昨日、4月28日は、なんの日だったでしょうか。
 そうです。私がポケモンGOに参戦した日です。

 ともうしますわけでして、今回は予定していた記事内容を変更して、ポケ門一答として、ポケモントレーナーとしての私への自作自演インタビューを敢行します。
 自作自演インタビュー。ある世代のインターネット人間がだいすきなアレです。
 もっとも今回のアレは、基本的に私が実際に周囲の人間からうけた質問をもとに構成しています。

■ポケ門一答■

――昨日付でのポケモンGO(以下ポケGO)参戦、おめでとうございます。

 ありがとうございます。これで私のモバイル環境にも先進国並みのインフラがととのいました。

――冒頭ご説明をおねがいしたいのですが、昨日からはじめられたということなのに、一昨日以前のエントリーで何度もポケGOの話をなさっていましたよね。どういった事情なのでしょう。

 未来日記です。

――いまどきだれもやってないのですが、このタイミングでポケGO参入した理由をおしえてください。

 だれもやってないということはないですよ。ルアーモジュールがつかわれているのを毎日みかけます。
 なぜいまか、というご質問でしたが、以前の端末がふるすぎてポケGOに対応していなかったからということしかありません。

――なるほど、前々からやりたくてしょうがなかったということですね。では、そんな大時代な端末をリプレースしなかったのはなぜでしょう。

 選択肢がおおすぎて気が滅入るからです。

――相談する友人や知人の方がいなかったということでしょうか。

 そんなことはありません。
 しかし、たとえば先生に相談すれば、あのひとは親の代からApple信者だからiPhoneにしろの一点張り。
 理系の端末オタクはわけのわからない理屈をならべたてて、訊いてもいないのにキャリアまですすめてくるし、太郎ちゃんにいたっては本人が仕事でかかわったというAQUOS PHONEとかいうあからさまにピーキーな端末を平然とおしてくるし、他人は一切信用できません。

――でも、結局iPhoneをかったんですよね。右へ倣え、は非常に日本人的な感性だとおもいます。

 こうみえても武家の末裔ですからね。(笑)

――それは母方の家系ですよね。父方は農地改革以前はどこまでさかのぼっても代々小作農だとうかがっています。

 農業は国の礎です。

――ポケGOの話にもどりたいとおもいます。一番おきにいりのポケモンをおしえてください。

 どれかひとつといわれるとこまってしまうのですが、やはりオオタチですかね。初日、ですからええとつまり昨日ですね、昨日つかまえたこともあり、格別のおもいいれがあります。ヨークペニマルというニックネームをつけています。

――ポケモンにいちいちくだらないニックネームをつけておられることにかんして、小学生並みの感性だという批判をうけていますが。

 小学生の心なくしてモンスターボールが放れますか。

――「タマタマ」に「下ネタ」というなまえをつけ、「ワタッコ」に「タマタマ」というなまえをつけるのはあんまりではないですか。

 三個目は予備のコアです。

――飲み会の最中にポケモンをつかまえつづけることもマナー違反だという指摘をうけています。

 弟だってのんでる間ヤフオクばかりみています。

――なるほど。兄弟そろって最悪ということですね。

 最悪ということはないでしょう。灰皿にテキーラをつぐのよりかはいくぶんかおとなげをもちあわせているとおもいます。

――その他にも種々、ネガティブなコメントをされていますね。

 遠征先でポケGOをやっていて、ルート検索をしていた同行者から「地図でも見たら?」といやみをいわれたのですが、こちらとしても地図をみていたのでなんともおもいませんでしたね。
 延々やっていて「あそばないで!」とどなられたこともありましたが、あそびでやってませんから。

――いまのところだれのためにもなっていないようにみえるのですが、引退されるつもりはありませんか。

 私は、だれかのために生きたことはありません。またその予定も今後一切ありません。

――今日はありがとうございました。

www.youtube.com

 家庭に仕事をもちこむな。
 ブログにポケモンをもちこむな。

違う、田中じゃない

 ロックバンドは立ち姿、だとおもわれるのです。

 バンドマンにはバンドマンの数だけのたたずまいがあってしかるべきです。画一化には夢がありません。
 しかし、おおきな傾向としてはもとめるものがあります。それは威圧感です。
 気ィ張って対峙しないととって食われる、というような鬼気せまるものがほしい。

 素のみためではいかんともしがたい部分があるとすれば、演奏とのあわせ技でおそいかかっていただければ僥倖です。
 どうみても普通のおじさんなのに演奏はじめた途端ヤクザみたいな殺気をはなつひといるでしょう。ああいうのもすばらしい。ギャップ萌えですね。

 www.youtube.com

 しかし、上手にでかいのがいるという絵はやはりグッときてしまいますね。きませんか。
 おおむかしの話ですが、自分より身長がたかいギタリストとどうしてもならびたくて、オーディションにきた偉丈夫を音楽性も人間性も1ミリもあわないのに適当にバンドにいれてしまったことがありました。身長採用です。最終的に大喧嘩したあげくクビにした。
 人間は身長ではないという学びがえられた。

 いま組んでいるバンドは、どうであったでしょうか。
 太郎ちゃんは私と身長がおなじなので及第点といったところ。
 田中ならざる者は有り体にもうしあげてちっちゃいが、女性なのでまた別枠でしょうか。女性だと私とおなじ身長もなかなかという感じだし、私よりおおきいというのはそこそこレアケースのようにもおもわれます。女性からの上から目線をうけるとドキドキする。
 
 どういう衣装がよかったでしょうか。
 衣装ということにかんして、バンドではないのですが、最近一番ぐっときたのはユーチューブにあった機材デモ動画です。
 この兄貴、白人男性なのですが、当該の動画にかんしてはどうも黒人にみえるように暗めの場所でとっているのではとうたがわれる節がある。プレイのほうはうたがいようもなく、真っ黒のどファンクです。
 黒人男性の上裸はセクシーですね。さりとて塗るわけにもいかないし、やはり日サロにかようしかないのだろうか。
 こうなってくると衣装の域を逸脱しています。肉体改造というか。

 中学生の時分、劣等人種であるところのイエローはなにをやっても黒人には勝てないし、なぜ自分は黒人にうまれなかったのだろう、なぜ自分の両親は黒人でないのだろうと本気でくやんでいました。
 そのおもいは、上京して、路上でたたいていた下手っぴな黒人のドラマーに遭遇するまでつづきました。
 色が黒いだからといって音も黒いとはかぎらぬ。そんなあたりまえのことに気づくのにえらく時間がかかった。

 いやあいつ、ラリってたのかもわからん。

田中チオ

 暇さえあればあつまって飲酒、もとい、セッションをなす、という日々です。セッションをなしてから路上で飲酒している。
 たのしさもありつつ、やればやるほど課題がつみかさなっていくようで、個人練習にも熱がはいりますし、機材購入にも、おいだれか止めてくれ。

 武蔵小山ハードオフでたたきうられていたサンプラーをかってきて、弟に貸しました。
 弟のもっている上等なドラムパッドつきのサンプラーは、多機能さゆえに操作系の階層がふかく、演奏中のリアルタイムサンプリングに難があったのです。
 私がかってきたのは20年前の骨董品。ハードウェアとしても、また価格帯も、当時としてもおもちゃのようなものです。
 しかし、その出音や操作系はさすがによく練られています。実際にさわったのははじめてだったのですが、無駄がない上じゅうぶんな味と深みがあり、2017年現在でも使用にたえるものでした。

 簡単に操作を説明してわたしたとたん、弟は独創的なつかいかたをしはじめました。いずれみなさんにご披露することもあるかとおもわれますので、ここには具体的にはかきません。
 また私が自室でためし録りした朝ドラの台詞も実に音楽的にならしてくれて、あらためてその才能をみせつけてくれました。
 これは掘りがいのある鉱脈だ、と確信し、サンプラーはそのまま弟のてもとにおいてきました。
 私としても非常にきにいっている一台ではあるのですが、おなじようなの他にももってるし、いずれにせよテーブルトップタイプなのでギターひきながらつかいづらいということがあります。

 それにしても、サンプラーはたのしい。
 私もペダル型のサンプラーかうか、とおもわれたのですが、すくなくとも弟とのジャムであれば、私自身がの出音を弟のサンプラーにまわしてサンプル&トリガーしてもらうほうがメリットがあるように思われました。つーかギターさわってたらいっぱいいっぱいでサンプラーのめんどうなんかみてらんねえ。

 それでもちょっとこの、あのサンプラーと張っていくには私の足もとにもデジタルな、硬質な質感のなにかがほしい、とおもわれ、まえまえからほしかったやつをその、ぽちりました。うん。今日、ここからなんだよ。
 まだとどいていませんのでなんとももうせませんが、うれしくてしかたないのでかきます。ずっとほしかったのです。ずっとほしかったけどこっち系のひとみんなこれかってるんだろうなとかおもうと非常にこの、抵抗があった。
 原則として機材チョイスは変化球です。しかしこれはまあよすぎるよね。ルックスもいいし。

 今日っつかこれかいてる日って弟のサンプラーとはじめてジャムった翌日なんだけど、その前日、つまり音出しの当日に中古がでてて、こんなもん運命しかかんじないし、オクの落札相場よりいくぶんかやすいし、小銭ははいったところだしで、買わない理由さがすのがむずかしいっていうか。

www.youtube.com

 恋とおなじ。
 おちてしまったら、あとにはひけないんだよ。

広告を非表示にする

We're Living in Our Own 田中

 排泄物ネタおくちなおしのためのEWF特集、後編です。いちいちこうやって断り書きいれてたらまったくくちなおしにならねえ。

 ファンには「事件」として記憶されている一枚、「Electric Universe」です。

www.youtube.com

 このアルバムでEWFサウンドの要とされていたホーン隊が突如としてクビになりました。
 あいてしまった上モノの穴を埋めたのはきらびやかなポリフォニック・シンセです。またシンセドラム・シンセベースも大々的に導入されました。
 結果としてそのサウンド・アンサンブルの質感は前作までとまったく異なったものになりました。
 モーリスの指揮による同時代への果敢なアプローチで、その試みは結果の如何にかかわらずそれ自体評価に値するとおもいます。しかし、この大々的かつ唐突な方針転換についていけず、はなれていったファンもすくなくなかったようです。

 お聴きのとおりなのですが、このアルバム、EWFのどの時代にもない独特のグルーヴをもっています。
 たしかに電子楽器主体のオケです。しかし、たとえば練られていない生楽器の演奏というものがあったとして、それよりはるかに「物性」の感触のあるアンサンブルです。弾性や粘性がひじょうにつよい。
 シンセドラム、このスネアに不思議なタメがあります。手弾きされたシンセベースとベースギターのコンビネーションもよれとうねりをうみだしています。
 その上にリリカルなシンセサイザーと、彼らのすべてのキャリアを俯瞰してもなお相当に緻密で繊細であるといえるコーラスワークがのっていきます。
 作家陣のこの新機軸にかける気合がうかがえますが、佳曲揃いでもあります。

 なんかこれ割といろんなところで黒歴史みたいなあつかいうけてるんですけど、とってもすきです。
 教養のために必要な盤ではないかもしれないのですが、おひまな方はいちど聴いてみてください。無教養なので教養のことはしらん。

 EWFをいちばん聴いていたのは中学時代です。
 なぜ聴いていたのかよくおもいだせません。さすがにリアタイでもありません。おそらくブックオフで適当にかってきたんだとおもいます。
 あの時分、ブックオフには夢がいっぱいでした。百円の文庫本も無数によんだ。
 いまはユーチューブを適当にながしたり、ブログをひろいよみする、というようなことがそれに相当してしまっていますが、財布に小銭をつめてブックオフに行く、という手続きになんともいえないときめきがありました。

 このアルバムをくりかえし聴いていた私は、どういう気持ちだったのでしょうか。
 やはり、よくおぼえていません。「全体的にエスパー魔美っぽくてかわいい」いまはおもっています。

 のちのち聴きなおすと、その音楽を聴きこんでいた時期の感情をあざやかにおもいだす、という話があります。
 私はこの歳になって、もう感情のほうはわすれてしまっているみたいです。
 ただ、音のよさがしみじみとくる。

Can't Hide 田中

 さて、ここのところ人体から排出される悪しき物体の話題がつづいているので、くちなおしに前後編にわたってアース・ウインド&ファイアーの特集をします。脈絡や必然性はなにもない。

 各1枚ずつ、計2枚の盤をとりあげます。

www.youtube.com

 いや、音楽なんて聴いてよかったらそれでおわりだからもう特にいうことないっちゃないんだけど。
 前編。「Gratitude」。ライブ音源とスタジオ録音の新曲がだきあわせになった盤です。
 「September」「Fantasy」「After The Love Has Gone」も影もかたちもない時代に、このバンドのひとつの絶頂期がありました。

 このライブパートの強烈さよ。

 フレッド・ホワイトとラルフ・ジョンソンのふたりでふつーにおんなしようなの叩くだけの不敵なツインドラム。あたりまえですが、並のドラマーをふたりそろえてもこんなイケイケにはなりません。
 ヴァーダイン・ホワイトのこの時期のフレージングには、後年のディスコ時代にはみられないような鍵盤的なこまやかさがあります。歴史にもしもはありませんが、もしチャールズ・ステップニーが亡くなることなく、この体制のEWFがつづいていたら、ということはすこし夢想してしまいます。

 上に積むのではなく下に掘る音づくり、ゲストをよぶのではなくメンバーのポテンシャルを開花させる音づくりは、彼の采配のあった時代独特のものであったとうにおもわれるのです。

 個人的なこのみですが、絢爛豪華な人脈によるめくるめくプロダクション、というようなものより、かぎられた人数のバンド、あるいはグループが、それぞれの思惑をはらみながらもその表現をふかめていく様、そうしてつむがれた音に感動をおぼえます。
 メンバー個々の能力がかぎられていても、ひとりひとりにとがった部分があるかぎり、さまざまな角度でつきあわせることができます。
 個々のあり方も絶え間なくかわっていきましょう。可能性は無限大です。

 名匠チャールズ・ステップニーの死後、モーリスがうちだしたのはまさに私が腐したゴージャス路線でした。
 結果としてはバンドの名声はさらに高まり、前述の数々のヒット曲もうまれました。結果からみても、その決断はまちがいではなかったといえるでしょう。だれにとっても。
 しかし私はそこにまた、逝ってしまった男が彼の、あるいは彼らの心にあけていった虚のおおきさ、ということもおもわれるのです。

 Graditudeはまあ誰もがおす神盤だし今更すぎとはいえ、あらためて聴いてほしい。
 後編につづく。

広告を非表示にする