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国やぶれて田中あり

田中兄弟社の兄です

ギター殺人者の田中

 リハスタで、なかなかおもいどおりのトーンがつくれません。Yahoo!知恵袋みたいなかきだしになってしまった。
 大丈夫です、なやんだり病みはいったりしてるわけではありません。べつに近日中にライブやレコーディングがひかえているわけではないのです。
 メンバーから「うわ」「なんかひでー歪みだ」などと苦情をうけ、自分でもそうおもいながらやっていっております。

 ままならぬ、というのもそれなりにたのしい状態です。つまりそれは、試行錯誤の余地があるということです。
 進化の歴史は試行錯誤そのもの。ガチャは地球型生命体の本分です。
 つきあいはじめの女の子となかなか阿吽の呼吸になれなくて、ギクシャクしてるのってたのしくないですか。
 まあ私が交際しているのは埼玉からきたごついプリアンプだけども。

 かくことがないので、ギターにかんする私の考え方をかいておきます。
 今までなにも考えていなかったから、新たに考えなければならない。

 およそギターとよばれるものは、弦になんらかのインパクトをあたえると、振動をはじめるというしくみになっていましょう。
 世の中にはそうでないものもあるかもわからんが、個人的にそういうものを部屋におきたい気もちはあまり起こらないきがする。

 エレクトリックギター、いわゆるエレキにおいては、弦が直接ひきおこした空気の振動を「生音」とよんだりします。この生音は威勢のよい放屁音よりもはるかにちいさい。
 自室で練習やら作曲やらをおこなう折など、私はこの生音のみをききながらしていることがほとんどです。
 これはもちろん機材の電源をいれるのが億劫だから電気的な圧縮・歪みのまったくおこらない生音だとボイシング、各弦のバランスがわかりやすいからです。

 もっとも、生音でのみおのが演奏を確認するという状況は、一般にデメリットのほうがおおきいようにおもわれ、他人にすすめるものではありません。自分でもやめたほうがいいとおもう。
 なんとなれば、弦振動が電気信号に変換されておおきく増幅され、また往々にしてダイナミクスが圧縮されるエレキギターにおいては、意図しない弦の振動をいかに抑制するかということが非常に重要になってくるからです。
 これらのノイズとしての弦振動が生じているか否かということは、生音では判別しづらいことがままあります。
 すなわち、アンプつないでひずましてみたら余弦鳴り放題というようなことになる。
 いわゆるギターアンプをドライブできない住宅事情がある場合においても、アンプのヘッドフォン出力、もしくは、近年著しく発達したアンプシミュレーターとよばれる機材などのプロセッサーを活用してアンプサウンドのヘッドフォンモニター環境を構築し、増幅された音色を確認しながら演奏することがのぞましいです。

 さて、のっけから一般的にのぞましいとされていることを敢えてしない、という私の基本的思想、その荒々しいスタイルがあきらかになりました。
 賢明なる読者諸兄は当ブログの開設当初からおきづきでしょう。しかし、ここで一般的な意味であまり読む価値のないブログであることが改めて露呈したかたちとなります。

 しかし、私には言論をとおして闇をてらす使命があります。私は光です。
 次回以降、私がいかにギターを弾けないか、という資本主義の歪み、格差の現実について、稿をあらためて赤裸々にかきついでいこうと思います。

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 ハードルさげじゃねえ。
 次元のちがい、みせつける。