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国やぶれて田中あり

田中兄弟社の兄です

カエサルのものはカエサルに、田中のものは田中に

 東京じゅうの女の子が、きれいになる季節がやってきました。
 花粉の季節です。

 メイクは女性を大人に。マスクは女性を美人にします。
 冬のおわり、芽吹きのころ。街にでると、世界が素敵な出会いにみちあふれているようにおもわれ、恋がしたくなります。

 欧米においては日常生活の中でマスクをすることはきわめて少ない。実際に花粉症のセルフケアとしてマスクをせよという方法が紹介されることも少ない。そうしたこともあって、花粉症の時期に来日した欧米人が、市中で多くの人がマスクをしているのを見て、なにごとが発生したのかといぶかるという話は有名である。
 しかし、昔から欧米人はマスクをしなかったわけではない。大正時代に大流行した「スペイン風邪」の時、欧米でマスクをするようになった。その頃のマスクは巨大で、顔全体を覆うような布マスクであった。特にアメリカでは、当局よりマスクの着用を義務付けられた期間があり警察官や看護婦は市民の手本となるようにマスクを着用していた。
 一般に日常生活の中でマスクをすることに抵抗がないのは、日本をはじめとしたアジアである。とくに東南アジアや東アジアの都市部では、排ガスに含まれる粉塵などを吸わないよう、オートバイに乗るときにマスクをするのが一般的な地域もある。「台湾マスク」と俗称される布製のマスクが有名で、日本におけるマスクよりもサイズが大きく、顔のほぼ下半分を覆うような形になっている。また、柄物や色物、さまざまなキャラクター物があり、土産物として購入する観光客も少なくない。

マスク - Wikipedia

 マスクはアジアの宝です。
 アジアのみならず。マスクの名のもとに、私たちは世界じゅうすべてのひとびとと連帯することができるでしょう。
 ポピュリズムに憑かれたあさはかな権力者たちが、その私利私欲のためにひろげた分断の溝を、マスクがうめることができるでしょう。

 2011年。
 東京電力福島第一原子力発電所における重大事故で、広範囲に放射性塵芥が飛散しました。
 私たち一般市民にできるこの健康被害への対策として、テレビがつたえたのが「花粉対策と同様にせよ」との由でした。
 私たちは窓をしめきり、隙間をふさぎ、家にはいるおりは洋服をはたき、そしておもてに出る折は、マスクをしました。
 汚染の顕著な地域においては今なお、そのマスクはつけられつづけています。
 かなしいマスクです。
 これ以上私たちに、このマスクを強いる世界であってはなりません。

 それはそれとして、マスクはサイコーです。

 ものごとには、はじまりとおわりがあります。サイコーなものとて、例外ではありえません。
 諸行無常。  秋から冬にかけ、流感対策で徐々にそのいきおいを増し、春先の花粉対策でピークをむかえたマスク装着率は、花粉量の低下とともに徐々に減少していきます。
 最後には、空気の乾燥が苦手・紫外線によわいなど特定の体質の人と、あとはパンクっぽいバンギャくらいしかのこらない。

 メイクをおとしたとき、女性は子どもにもどります。
 マスクをはずしたとき、女性はええと、それはその、もどるべきところにもどります。
 各々の応分でもってリアルなところに還元していく。
 つまりそこにほんとうの東京が、私たちの絶望が、腐敗と自由と暴力が、もどってきます。

 天がこれをなげいて流す涙により、この国の夏のはじめに梅雨がおとずれます。
 長雨がやんだのち、うちすてられた私たちの魂を冥土へとわたすのが、いわゆる彼岸会です。

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 花粉しんどい。
 ころしてくれ。