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国やぶれて田中あり

田中兄弟社の兄です

田中は木をきる(強制労働ツアー Episode0 希望編~きのこのこのこ げんきのこ 太郎ちゃんの最強の非核爆弾)

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 とはどんなものかしら。

 「いてーッ」
 サイコーのセブ●イレブ●のトイレ。太郎ちゃんの絶叫は通路にまでとどろきわたりました。
 彼の身に、いったい何があったというのでしょうか。
 その謎の鍵穴、男の尻穴に謎の鍵をさしこむためには、強制労働ツアー初日の夜までさかのぼらなければなりません。

 そもそも、強制労働ツアーとはなんであったでしょうか。

 恩師が体調をくずされており、薪割りなどの肉体労働にドクターストップがかかった、ということを聞きつけたが、急遽企画したものです。
 那須高原瀟洒な山荘ということでしたから、私としてはナオンもつれこんでどんちゃん猥褻さわぎをおこしたかったのですが、弟から「薪割りにつかえない人間はいらない」とにべもなく却下され、女子禁制の奴隷船となりはてたのです。
 いまどき、このような女性差別がゆるされてよいのでしょうか。炎上案件にほかなりません。しかし、かんがえてみれば薪というものはよく燃えなければ話にならない。

 初日。
 の運転で昼すぎに到着した私たちを、恩師はあたたかくむかえいれてくれました。
 は足しげく那須にかよっていたようなのですが。私としてははじめて。恩師と対面するのは10年ぶりということになります。
 お身体の具合を心配していたのですが、おどろくほどの若々しさで、軽妙な話しぶりや細やかな気くばりなど、私の知っている恩師となにひとつかわっていませんでした。

 日のあるうちにできうるかぎりの仕事をこなさければなりません。奴隷のつとめです。私たちはさっそくおもてにでました。
 医師から厳にとめられているにもかかわらず、恩師は切り株にむかって薪をふるい、手本をしめしてくださいました。
 道具が支給されます。東東京ぐらしではなかなかお目にかかれない、本格的な得物がそろっていました。
 太郎ちゃんはいちばんかるい斧。は中くらいのものと、小型の電動チェーンソー。私はひとつだけ柄まで金属でできた、一番ヘヴィでまっくろな斧。
 めいめいの性分にあったものをえらび、はりきって作業にとりかかりました。

 斧のストロークにはコツが必要でしたが、なれるとそれ以上にたのしいことはない、というような生理的な快感がえられました。
 自然破壊。みずからの手にその感触がダイレクトにつたわる。これほどに魅力的なことがありましょうか。

 やがて私は、ひとつの切り株にであいました。であってしまいました。
 その古びた切り株は、繊維や湿気の具合からか、いくら斧をふりおろしてもまったく割れる気配をみせませんでした。
 私がへたっぴだからかとおもわれたのですが、それにしてもほかのものとあまりに様子がちがいすぎます。ひとまずここは、にまかせてみました。

 ふりおろした斧がきれいにはいり、木が割れるというときは、そうでないときと音がちがいます。
 うまくいけば、繊維どうしが一気に剥離するかわいた音がします。あるいはそれらがひきさかれる音が、あとにつづいて鳴るということもあります。
 いずれにしても生理的なここちよさのつよい音色です。

 私がどうしてもわれなかった切り株は、この作業のベテランであるにもいかんともしがたい部分があるようで、斧の刃が木にはねかえされるにぶい音が何度もひびきました。
 そうこうしていると太郎ちゃんが興味をしめしたました。私たちは彼にあずけてみることにしました。一門の最年少たる彼の技と力に賭けたのです。
 それでも株はわれません。
 くたびれはてた様子の太郎ちゃんに、私はふたたび斧をかわってもらいました。

 「こいつが割れれば、なんもこわいものないきがする」
 そうつぶやいて私は、一心にふりつづけました。しかし、数をふれば割れるといったような簡単なものではありませんでした。
 私がへたばったころあいをみて、がかわり、太郎ちゃんがかわり。三人でいれかわりたちかわり、斧をふりおろしつづけました。

 14時の太陽は、柔和な横顔でした。
 周囲にあったほかの株はとうにすべて割ってしまい。私たちは、「ラスボス」と名づけたそいつと、言葉すくなに格闘しつづけました。
 50ストロークを目安に交代。400。450。500。
 その努力の時間は、むなしかったでしょうか。私たちの心にはなにがのこっているでしょうか。
 あえてここには記さずおきましょう。
 それはあのおだやかな光とつめたさ・静寂の中でしかあじわえないおもいでした。

 ラスボスは、たおされませんでした。
 その上面は斧の刃がわずかにつけた疵が無数に入ってマイタケの頭のようになっており、さらにはが「おでんの大根みたいにすればなんとかなるかも」とこころみにチェーンソーでいれた十字の溝がついていて、世にも凄惨なありさまでした。
 「先生が名まえつけてかわいがってる切り株だったらどうしよう」
 そんな軽口をたたきながら、私はさらにまた、その1ストローク、斧をふりました。

 かわいた音をたてて、「ラスボス」にひびがいった。

 歓声があがりました。
 その瞬間胸にきらめいたものだけは、ここに記録しておきましょう。

 私たち三人になら、できないことはない。

 このときは、そうおもっていたのです。
 このときは。

 次回、絶望編につづく。
 明けぬ夜がないのなら、落ちぬ日もまたない。