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国やぶれて田中あり

田中兄弟社の兄です

Can't Hide 田中

 さて、ここのところ人体から排出される悪しき物体の話題がつづいているので、くちなおしに前後編にわたってアース・ウインド&ファイアーの特集をします。脈絡や必然性はなにもない。

 各1枚ずつ、計2枚の盤をとりあげます。

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 いや、音楽なんて聴いてよかったらそれでおわりだからもう特にいうことないっちゃないんだけど。
 前編。「Gratitude」。ライブ音源とスタジオ録音の新曲がだきあわせになった盤です。
 「September」「Fantasy」「After The Love Has Gone」も影もかたちもない時代に、このバンドのひとつの絶頂期がありました。

 このライブパートの強烈さよ。

 フレッド・ホワイトとラルフ・ジョンソンのふたりでふつーにおんなしようなの叩くだけの不敵なツインドラム。あたりまえですが、並のドラマーをふたりそろえてもこんなイケイケにはなりません。
 ヴァーダイン・ホワイトのこの時期のフレージングには、後年のディスコ時代にはみられないような鍵盤的なこまやかさがあります。歴史にもしもはありませんが、もしチャールズ・ステップニーが亡くなることなく、この体制のEWFがつづいていたら、ということはすこし夢想してしまいます。

 上に積むのではなく下に掘る音づくり、ゲストをよぶのではなくメンバーのポテンシャルを開花させる音づくりは、彼の采配のあった時代独特のものであったとうにおもわれるのです。

 個人的なこのみですが、絢爛豪華な人脈によるめくるめくプロダクション、というようなものより、かぎられた人数のバンド、あるいはグループが、それぞれの思惑をはらみながらもその表現をふかめていく様、そうしてつむがれた音に感動をおぼえます。
 メンバー個々の能力がかぎられていても、ひとりひとりにとがった部分があるかぎり、さまざまな角度でつきあわせることができます。
 個々のあり方も絶え間なくかわっていきましょう。可能性は無限大です。

 名匠チャールズ・ステップニーの死後、モーリスがうちだしたのはまさに私が腐したゴージャス路線でした。
 結果としてはバンドの名声はさらに高まり、前述の数々のヒット曲もうまれました。結果からみても、その決断はまちがいではなかったといえるでしょう。だれにとっても。
 しかし私はそこにまた、逝ってしまった男が彼の、あるいは彼らの心にあけていった虚のおおきさ、ということもおもわれるのです。

 Graditudeはまあ誰もがおす神盤だし今更すぎとはいえ、あらためて聴いてほしい。
 後編につづく。

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