悪貨は田中を駆逐する

ギターボーカルのタナカサトです

ずっと田中が好きだった

 ご経験はおありでしょうか。

 なんということのない午後。ふととどいた友人からのLINEトーク
 「飲みに行きたい!」
 対してこちらの打ちかえす、「ごめん今日ちょっと出てるわ」といったような、まごうことなき事実でしかない状況報告。
 「今日じゃなくていい! 近々」「おーちょっと週末は無理だわ、平日夜行けるの?」「金曜以外なら!」といったような、つづく尋常なやりとり。
 他意のない世界。平和。日常。人類の進歩と調和。
 そこにだしぬけに、こちらのきづかぬうちに一連の交信をのぞきこんでいた保護者からのトゲのある詰問。
 「だれ? そのひと

 そのひととは、だれであったでしょうか。

 この際もっともきをつけなければならないのは、その女が自分にとって何者であったのか、素で考察をはじめてしまうことです。

 たとえばあなたは私という人間を、どう表現しうるでしょうか。キモいブログをかいている知らない人間。これは即答できますね、よろしい。

 それではあなたが、一時期は交流がふかかったが自分の中ではさしてなかよくしているつもりもなかった、一時などは音信不通状態ですらあった、しかし最近は自分では非常になかのよいつもりでいる飲み友達の大学の同期(既婚者)といった人物にかんしてだしぬけにその問いかけをなげかけられた場合。
 「はたしてこの人間は自分にとって何であったか?」とはたと考えこんでしまいはしませんか。

 そのひととは、だれであったでしょうか。

 「あ、ええっと」
 この一瞬のラグがいのちとりになる。いたくもない腹をさぐられ、証人喚問がはじまります。異端審問がはじまります。魔女裁判がはじまります。

 頭の回転が中途半端にはやい、ということがあったとすれば、この思考を瞬時にしてつきつめてしまい、かくいう目の前の女性こそ、だれであっただろうかなどとあらぬことを自問しはじめかねません。
 「だれ? そのひと
 「おまえこそだれであったでしょうか」
 口頭注意ではすみません。平手がとびます。私はドラムスティックで陰部をしばかれたことがあります。駅員への暴行は犯罪です。
 さらに才気走った向きは、そもそもおのれとはだれであっただろうかという疑問にとりつかれ、頭をかかえてその場にうずくまり、発狂することになります。もともと正常気味であった精神が、とりかえしのつかない正常さを手中におさめてしまうのです。
 飲みのさそいひとつであちらの宇宙からもどってこられなくなる、ということになりかねないのです。LINEは危険なアプリです。いますぐアンインストールしましょう。

 この場で人は、どのように応ずればよかったのでしょうか。
 そのひととは、だれであったでしょうか。

 心をつかってはいけません。頭もつかってはならないのです。
 いくばくかのほそい神経のみでもって、いささかの間もおかず、反射的に「ん、同期だよ、大学の」とかえします。
 これはもはや会話ではありません。技です。受け身の技術です。

 技におぼれる、ということもあります。おのれの技術に酔い、そこによりかかることは禁物です。
 どうぞお気をつけください。埼玉新聞公式アカウントをチェックしているときに「だれ? そのひとと訊かれ、まちがえて「ん、同期だよ、大学の」とくちばしってしまう、というようなこともおこりえます。
 だれが同期だというのでしょうか。覚醒剤を密売して逮捕された人物でしょうか。
 普段の言動のいちいちまでこの際うたがわれることになり、すべてが水泡に帰します。

 心と技のバランス。それこそが王道でありましょう。
 王道。たしかに、その先には玉座があるかもしれません。
 しかし、はたして君臨するだけが人の道でしょうか。

 私たちの即興演奏についてかんがえています。
 私たちの即興は、技だったしょうか。それとも、心だったでしょうか。
 ある比率における両者の均衡でしょうか。つまり、こざかしい二元のステ振りでしかなかったのでしょうか。

 なにか、技でも心でもないどす黒いもののおおきな影、その深淵をかんじます。
 私はその闇にとりつかれ、のみこまれ、ぬけられぬ身体にされつつあります。
 技も心もおよばぬ場所。人智の統べる尋常なる世界のむこうがわに、私は、あるいは私たちは、足を踏みいれてしまったのでしょうか。
 もしかして私たちは、バカなのではなかったでしょうか。

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 春彦さんとのファーストコンタクト。大成功であったといえましょう。
 教ちゃんと春彦さんとは、およそ五年ぶりの共演であったそうです。したしく旧交をあたためており、ほほえましいものがありました。  サウナ同然のスタジオでの鬼気迫るガチ即興。リッター単位の発汗をしたあと、ぐったりchillしながら春彦さんとさまざまな話をしました。
 スピリチュアルやねという話題で意気投合することがあったので、私たち三人は実質三年生トリオなのだとおもわれます。
 彼のいきおいのある演奏とわかわかしい好青年ぶりに、大学でてすこしというぐらいの若者とかんちがいし、爽健美茶一本おごって先輩面をするというたいへんな無礼におよんでしまいました。
 なんと三つも年上の兄貴で、人生でも音楽的なキャリアでもまごうことなき大先輩だったのでした。失礼いたしました。

 先輩、おごってください。