悪貨は田中を駆逐する

ギターボーカルのタナカサトです

ブラ田中

 つらつらかんがえることがあります。

 まずは、たばこの規制にかんする番組をみていたのです。
 司会者のアナウンサー、放送局の解説委員、官僚、もと官僚の大学教授、ゲストの芸人さんたち、それぞれちがった立場から意見をたたかわせていたのですが、そのだれもが瞠目に値する知性をもちあわせており、番組は実にみごたえがありました。
 ほんとうの知性は、往々にしてセクシーです。かれらの話ぶりにうっとしながらも私は、しかし、心の奥底にうそ寒い、しかし悲壮めいた憂いをかかえてもいました。

 音楽は、私にとっての闇です。

 たとえばそれが、ときの社会と、社会的規範と、法と、決定的にあいいれなくなったとしてもなお私は、私の音楽をまもるでしょう。まもろうとするでしょう。

 たばこ規制を批判する論客は、たばこの害としての側面をも、丁寧にかたっていました。
 私が私の音楽のそのような部分に真心をもって言及することは、おそらくないでしょう。
 そのようなことについてだれあろう私がかたる必要があるとは、いささかなりともかんじられません。
 私の音楽と己の存在が排他である。そのように表明する人間がいたとして、かれが私にとってなにかしらの意味をなしうる存在であるとみとめないことに、私はいささかの躊躇もありません。
 そんな輩は金輪際いなくなってもかまわないのです。

 このような闇を自覚して、それを目の当たりにしてしまいました。
 いまの私には、社会なるもの、人の世なるもの、正義なるもの、について、考え、あるいはそれを語る資格をもちあわせているとはとうていおもわれません。ごめんねサンデル先生。

 私は、うまれながらの虞犯者だとおもわれます。人が私をさばくかどうかは、都度都度、決められていくことでしょう。
 だれもがそうである、とはいいません。そうでない方もたくさんおられましょう。そのやさしい魂に、どうか祝福あらんことを。

 たむけられた花に、街の空気がうっすらとながれていくだけでした。
 私は、歳をとりました。どういうわけか、たばこもやらなくなりました。
 おとなになったといえば、きこえがいいでしょう。実際にはわかい時分よりいっそう、人間的でなくなりました。
 かたわらの友と酒の缶をあわせ、私たちはまた歩きはじめました。かれの神経質な魂は、どんな海にしずんでいたのでしょうか。

 その水底みたいな場所で私たちは、電車がなくなるまで音楽の話をするのです。
 具体的には駅前のロータリーです。毎回店にはいる経済的な余裕はない。

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 そんな夜をこえて。私は、今日も日がなへたなギターをかきならし、おもいついたように酒をのんで気絶するように昼寝をし、実家周辺のポケストップのすくなさにクダをまき、親の車でハードオフを二軒はしごし、しんじられないほど重い機材を2つもかい、タダ飯であるのをいいことにハンバーグと明太子スパゲティを3人前ずつ食らうなど、己の闇と真正面からむきあっています。
 骨までやすめたこの心とからだをひきずって、また東京の1週間をやっていくのです。

 親父にボリュームペダルのデモ演奏した、ことし一発目のライブ。

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