悪貨は田中を駆逐する

ギターボーカルのタナカサトです

蒼い影につつまれた田中が

 痛み、について、お話しなければいけない時代になってしまいました。
 かつてオタクがもちあわせていた痛み、について。

 「アキバ系」なるレトリックでもって、オタクが社会にうけいれられてから、みじかからぬ月日がながれました。
 オタクの相対的な善良さ、人権、顧客層としての価値。
 おそらくは「電車男」を境に人々はこれらのことにきづきはじめました。
 こと2010年代にいたっては、オタク自体が性的に消費されるまでにあいなりました。
 自由と繁栄の弧種びゅるびゅるらめぇっ♥ よき時代といえましょう。

 なればそれまでは、どうであったのでしょうか。
 プレ電車男の御代においては、オタクはどうあつかわれていたのでしょうか。

 ゴミ同然のあつかい。そのように記憶しています。
 眉をひそめられた方がおられるとすれば、いまいちど胸に手をあてて、かんがえてみていただきたい。
 かつてのみなさんはオタクを、どのようにあつかっていましたでしょうか。

 おもえばかれらは、宅間ショック以来の犯罪予備軍としてのあつかいすらも、甘んじてうけいれていました。
 かれらは日陰者でありつづけたのです。  いまなお、その風潮はすくなからずあるようにみうけられます。しかるに、オタクコンテンツの市場価値をマスメディアがじゅうぶんにみとめたいま、かつてほどあけすけな「弾圧」は、おこなわれなくなったようにみうけられます。

 当時。オタクと非オタクは、まっとうなコミュニケーションすらままなりませんでした。
 大正義しょこたんすらも、まだ世に出てはおらぬ。不毛の時代です。
 それは、匿名掲示板群の住民たちは、意味不明の言語をもちいながらも他人を不快にさせるなにかしらの言辞を弄していることだけはわかる、Yahoo!検索のノイズでしかなかったことを意味します。テラキモスwww
   いくばくか状況がかわってきたのは、おもしろFlashブームからでしょうか。
 オタクならずとも笑みがこぼれてしまうような千葉滋賀佐賀がインターネットを席巻しました。開国してくださぁ~いよぉ~♥
 クラスの中心的なメンバー、DQNスクールカースト高位のものたちと、最下層民たるオタクとの間に、共通の話題がうまれました。
 後にニコニコ動画が顕現させるオタクとヤンキーカルチャーの融合が、ここに萌芽していたようにおもわれます。神仏習合です。

 私も大学にはいって、同期で一番の伊達男がちんこ音頭をMDにおとして飲み会に持ってくるのを目撃しました。
 スピードスケートでインターハイに出場し、HY湘南乃風をこのんで聴くような男が、です。

 ちんこ音頭。名曲ですね。その作詞には、ポピュラーの粋があります。
 つまり、「ちんこもみもみ」なればこそ、ハイカーストにゆるされ、ネタとしての市民権を獲得し、クラシックスたりえたのです。
 たとえばこれが「ちんこしこしこ」あるいは「ちんこごしごし」であったならば、どうであったでしょうか。一発屋として、あるいは伝説として、ネットの藻屑ときえてもおかしくはなかったでしょう。
 エッジを攻めつつも、そこに存在する確たるコードを理解している。死球はほうらない。この桑田佳祐さんも真っ青のバランス感覚。  

 痛み、とは、なんであったでしょうか。

 痛車、という言葉をごぞんじでしょうか。
 もしかしたらみなさんも、一度くらいはごらんになったことがあるのではないでしょうか。美少女キャラクターがおおきくえがかれた乗用車のことです。
 その身にたずさえるキャラクターグッズとして、これほど絢爛なものがありえましょうか。まさに花咲く桃山文化、オタの極み、垂涎の的です。
 しかし、世間の目は白い。そして、ここをご理解ください、オタクの目もまた、白いのです。
 なんということを。あのような痛いものを、衆目にさらしてしまって。

 おわかりいただけますでしょうか。
 オタク、その言動が、よりパーシャルな論点としては、その口調、あるいはまた、かれらの所持する美少女キャラクターにまつわる物品。
 それらがまとう、いいしれぬ妖気。  痛み、とは、それらへの自覚、のことです。
 つまり痛みとは、オタク自身のうちにのみ、走るのです。

 これは、プレ電車男時代をおもいおこしていただかなければ、あるいは、それについてご想像いただかなければ、もはや肌身にかんじることができないでしょう。
 なにしろことは、自治体が萌えキャラを推し、聖地という名の痛街が各地に雨後の筍のようにあらわれるまでにいたっています。
 わかいオタクたちは、もはや痛みをかんじえないでしょう。

 痛み。それは、社会からせおわされたすべての業とともに、においとして、音として、あるいは、いいつくせぬ第六の感覚として、たしかにそこに、オタクの胸に、つまり、私の胸に、あったのです。

 そのような不毛の時代に降臨した、エフェクターの始祖があります。
 リッチー・コッツェンスティーヴ・ヴァイ。錚々たる面々のボードに居場所をかちえ、国産ハンドメイドペダルの嚆矢としてかがやかしい地位を獲得しながらも、あの絵はなんなんだという素朴な疑問には口をつぐみ、いまなお新たラインナップにも黙々とあの絵をきざみつづける、孤高の存在。
 Handmade in Kyoto。Neo Vintage。

 ずっとほしかった。
 ありていにいって、買った。

youtu.be

 あまやかな痛み。

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